パフォーマンス Our Tanabata 7.7

逢う人/仕える人

★「織逢う」参加作品

7/7のパフォーマンス、私たちの七夕を表し、問う。「いざや」
群声の一人一人が七夕の夜にいる。そして、エールの歌を歌おう!私たちで!
 

 

構成・演出・作曲・作詞 なかええみ 

出演:岩田京子、武宮さえ、野口佳奈子、高野彩子、石塚恵、なかええみ 

 

逢う人
七月七日の今宵、天を仰ぎ見る。 

約束された人、糸で繋がっている人は、私の目の前にやってくる・・ 結ばれし人、出逢うべき人。 

私たちは、結ばれている人に逢いたいのか  幸せに出逢いたいのか 

・・いざや、いざや、その時がやってくる・・・。

 

 

仕える人
私たちは、誰に仕え
 何に仕えているのだろう 

様々な仕事の中で、私たちは、本当の自分を探しているのかもしれない。

幸せになるために? 社会に貢献するために?

いつまでやり続ければ、終わるのか

どうやって、どうやって私たちは、私たちを仕合せにするのだろう

 

群声 「宇(U)」

唄  「星々の神々」

群声 「織り」

唄  「炭坑節」

唄  「We do we can do!」

(全15分)

 

 

◆Our Tanabata 7.7 の創作について

私たちは、演目ごとに、発表作品の形態を変えているので、時に歌だけであったり、時に浄瑠璃のように、演じ手と話者を分けたりと、様々だ。
この『Our Tanabata 7.7』は、演劇的企みをもったパフォーマンス。発表物に「今、私たちが」という態度を盛り込み、それをエンターテイメントに昇華できる様に、組み立てた。 創作は、質問から始まり、テーマを話し合う。話すこと、知ることに実際の動きの稽古よりも多大な時間をかける。

「あなたにとっての仕事とは ?」「何をしているのか ?」「逢うとは?」「伝える、その為に何をするか?」「その時、どう思った ?」「できなかったけれど、したかったこと、それは何 ?」「何を感じた?」「あなたのどこに琴線がある?」 ・・対話というよりも質問、質問が重なっていく。

それは、私たちの中で何が起こっているのかを、浮かび上がらせる「力づく」のやり方である。

 個人の今は、他人の今になる。」

個人から浮かび上がってきたものを、構成し、「声に」「音に」「形に」する方法。

実際のライブ(うた、舞台作品)は、同時多発的に様々な感情が広がり、事象が現れる。
その構成方法を「群声」としている。
個人の経験や感覚に軸を置いて、理想の表現技巧をグループの中にもたない。互いが添い合えるように、全体の表現を模索しながら、試しながら創作をしている。出力されたものは合わなかったり、ズレてしまうことが、引き起こる。しかし、誰かに合わすことを美とせず、個人個人の生そのものが、唱和することを、夢見ている。

 

ここにいる個人の声が、社会の縮図にはなり得ないかもしれないが、ここで生きている私たちの表現を追ってやまない。

それゆえ、テーマは、降りてくるわけでも、どこかに提示されているわけでもなく、 私たちの日常に潜んでいる。

なんとなく漠然と、だけれども、肌で感じていることを、皆と共有したい...

共に今に生きていて、奇跡の様な出逢いが起こっていることを噛みしめたいと、切望し。 

 

主宰・演出 中江絵美

【会場】小竹向原駅から 徒歩3分『サイマーケット』

プログラム寄稿文

 

天漢 霧立渡 且今日且今日 吾待君之 船出為等霜

天の川 霧立ち渡る 今日今日と 吾が待つ君し 船出すらしも ( 万葉集巻九 1765)

一年 ( ひととせ ) に一度 ( ひとたび ) の逢瀬を待ちわびている様子がのびやかに伝わってくる歌です。
日本最古の歌集である万葉集では、「天の川」を「天漢」と記します。
この「漢」は国の名前ではなく、中国のほぼ中央を流れる漢水という川の名であり、「水のない川」の意味でもあります。この漢水の流れと、天の川の向きとが七夕の頃に完全に一致するのだそうです。 天の川の星が漢水の川面に映り、空の星と川面の星が互いに反射しあい、空と川が一体となって山の彼方で合流していくのだとか。漢水を溯っていけば天空へと上がることができると信じられていたのです。「漢水天より来たる」という古来よりの言い伝えもあります。 

新暦の 7  7 日はたいていの年で梅雨まっただ中でありめったに晴れませんが、旧暦ではやっと空が晴れ渡るころ。はじめて星が見える時、年に 1 度の逢瀬。これが七夕の夜です。
また、旧暦では月の形が日にちでわかります。日が新月、日が三日月、15 日が満月。ですので、日は半月となります。
七夕の夜はその半月がちょうど天の川を横切る様子が夜空で繰り広げられます。古 ( いにしえ ) の人はその半月を御船に見立てて天の川を渡るというなんともロマンティックな物語を想像したのです。そして 1 年に 1 度の逢瀬とは牽牛星と織女星との逢瀬であると同時に、天空の川と地の川が出逢う、人が天へと上がれる日だったのかもしれません。 

 

七夕の恋物語が文献に初めて見られるのは古代中国の漢王朝の頃、今から 2000 年くらい昔のことです。ですが、天の川の両岸に見えるひときわ明るい 2 つの星から想像された恋の物語は 3000 年以上前から語り継がれてきているそうで。2000 年たっても 3000 年たっても、同じ星を見て人が考えることも願うこともあまり変わることはないのかもしれませんね Our Tanabata 7.7。現在を生きる彼女たちが古代より連綿と続くこの七夕という題材をどのように聞かせてくれるのか。いつの時代も変わらない相手を想う心を聞き手に改めて呼び起こしてくれる歌となることを楽しみにしています。

 一年 ( ひととせ ) に一度 ( ひとたび ) の逢瀬を待ちわびている様子がのびやかに伝わってくる歌です。
日本最古の歌集である万葉集では、「天の川」を「天漢」と記します。
 この「漢」は国の名前ではなく、中国のほぼ中央を流れる漢水という川の名であり、「水のない川」の意味でもあります。この漢水の流れと、天の川の向きとが七夕の頃に完全に一致するのだそうです。 天の川の星が漢水の川面に映り、空の星と川面の星が互いに反射しあい、空と川が一体となって山の彼方で合流していくのだとか。漢水を溯っていけば天空へと上がることができると信じられていたのです。「漢水天より来たる」という古来よりの言い伝えもあります。 

 新暦の 7 月 7 日はたいていの年で梅雨まっただ中でありめったに晴れませんが、旧暦ではやっと空が晴れ渡るころ。はじめて星が見える時、1 年に 1 度の逢瀬。これが七夕の夜です。
 また、旧暦では月の形が日にちでわかります。1 日が新月、3 日が三日月、15 日が満月。ですので、7 日は半月となります。
七夕の夜はその半月がちょうど天の川を横切る様子が夜空で繰り広げられます。古 ( いにしえ ) の人はその半月を御船に見立てて天の川を渡るというなんともロマンティックな物語を想像したのです。そして 1 年に 1 度の逢瀬とは牽牛星と織女星との逢瀬であると同時に、天空の川と地の川が出逢う、人が天へと上がれる日だったのかもしれません。 

 

 七夕の恋物語が文献に初めて見られるのは古代中国の漢王朝の頃、今から 2000 年くらい昔のことです。ですが、天の川の両岸に見えるひときわ明るい 2 つの星から想像された恋の物語は 3000 年以上前から語り継がれてきているそうで。

 

 2000 年たっても 3000 年たっても、同じ星を見て人が考えることも願うこともあまり変わることはないのかもしれません。

 Our Tanabata 7.7。現在を生きる彼女たちが古代より連綿と続くこの七夕という題材をどのように聞かせてくれるのか。

いつの時代も変わらない相手を想う心を聞き手に改めて呼び起こしてくれる歌となることを楽しみにしています。

 

 

文・日本史を学ぶ会「虹の会」主宰 藤代桜

 
 

フォトギャラリー: Our Tanabata 77